マッサージへ行っても疲れが取れない。
身体だけでなく心も疲れている。
そんな現代人は多いだろう。
そもそもマッサージが高い。
60分以上となると10,000円を越えてくる。
短時間や激安店は、安かろう、悪かろう。癒されるのって、そんなに高尚な行為なんだろうか。
悩める人におすすめしたいのが、サウナである。
今回はサウナでうつが改善した、アオイさん(仮名・30歳)の「ちょっといい話」をご紹介する。
「正直、こんなにサウナが好きになるなんて思っていなかった」と言うアオイさん。
彼は転職先で育休を取って帰ってきたら、パワハラ上司に当たってしまった。
リモートワークで他メンバーに相談しにくいし、そもそも休んでいた間にメンバーもほとんど変わっていた。
夜は眠れない。食欲がない。
そしてただでさえ産後はセックスレスだったのが、性欲もなくなってしまった。
次第に会社を休むようになり、奥さんとの関係も悪化。
産業医との面談で近くのメンタルクリニックの受診を勧められ、うつ病の診断を受けた。
今は会社を休んでいる。
会社を休んだとはいえ、家には家族がいるし、子供の面倒も見なきゃいけない。
彼に休む時間はない。都内のマンションに住む彼は、それほど大きい家に住んでいるわけではない。
日々ネットサーフィンをして過ごしながら、「このままではいけない」と危機感を覚えていた。
仕事も家庭も両立しようとして何も極められないままでいる、少し上の世代の人たちが目に浮かんだ。
それは仕事に打ち込みすぎて家庭をないがしろにしてきた上の世代よりも、悲惨に思えた。
通院しているメンタルクリニックの帰り道、新しい建物が建っていることに気づいた。
家に帰る気がしなくてしばらくその建物を眺めていた。
建物に入っていく人たちの顔は疲れているのに、出て行く人たちの顔は毒気が抜けたように爽やかだった。
「何だろう、あれ?」
近づいてみると、サウナ施設のようだ。
嫌な思い出が蘇った。
『サウナがうつに効く』と聞いてネットで調べたら、自己顕示欲で溢れた投稿ばかりが目についた。
回数を競っていたり、『ホームサウナ』とちっぽけな所有欲を示している者もいた。
競争は会社だけで十分だ。
中学受験、大学受験、就職活動、いくら稼いだ、どの会社でどんな地位にいる、
そういったものから抜け出したくても抜けられないから、うつになってしまったのだ。
サウナについて投稿しているSNSも気に食わなかった。
「今、流行っているから投稿しているだけ」というような類のものが多かった。
きっとコーヒーが流行ればコーヒーの投稿をするだろうし、年末年始には「今年こそ、英語」という英会話スクールのアフィリエイトをくっつけた投稿をするだろう。
しかし建物から出てくる人たちは意外にも、承認欲求とは無縁そうな素朴な人たちだった。
何より建物の扉が開くと、ほんのりとアロマのいい香りがする。
意を消して、アオイさんは建物に足を踏み入れた。
館内に入ると、ミント系のアロマが鼻をついた。
この建物は人に愛されているな、と感じた。
新しくても雑に扱われている建物というのは、すぐに分かる。
駄箱のロッカーの鍵を渡すと、スタッフさんが丁寧に「ご利用は初めてですか?」と聞いてきた。
頷くと、丁寧に館内の仕組みを説明してくれた。
おっかなびっくりで更衣室に入る。
服を脱ぎながら、壁に貼ってある『サウナの入り方』を読む。
まずはシャワーを浴びるらしい。
いつも使うシャンプーと違う香りが漂うゼラニウムのすっきりとした香りは、体の毒気を洗い流してくれるようだった。
地図を見ると、サウナ室はなんと4個もあるらしい。ひとまずシャワー室から一番近い部屋に入ってみた。
「うわ、なんだこれ! 熱い!」
早々に退散しようとしたら、部屋の隅に座っている人間が目に入った。
彼は目を閉じ、じっとあぐらをかいている。
もともと負けず嫌いの性格だから「すでに居る人より、先に出るなんて恥ずかしいな。とりあえず中にいよう」と思った。
幸いにもその人は2分ほどで出て行った。2分後にサウナ室を出て、水風呂に入る。
「うわ、なんだこれ! 冷た!」
慌てて水風呂を出て、2階に行き、外に出た。
そこには木が生い茂り、都会の空は高く、心ものびのびと広がっていくのを感じた。
『サウナに入ると、悩みがちっぽけなものだと思える』
という言葉を見た時、バカみたいだと思っていた。
サウナに入って消える悩みなら苦労しないよな、と。
でも実際、そうだった。
サウナ室では「暑い!」水風呂では「冷たい!」それだけを考えていた。
普段、頭の中を占領していた
「産業医との面談が憂鬱だな」「人事部になんて連絡しよう」「親にはうつ病だってばれてないよな」という悩みが、
どこかにいってしまっていたのだ。
サウナとは、
出世とか、子供のお迎えとか、気の進まない同窓会とか、そういった
「大嫌いだけど優先させなくてはならないもの」からかけ離れている世界だった。
気がつくと4セット繰り返していた。
更衣室で着替えて階段を降りていくと、カレーの匂いが漂っていた。
入った時には気がつかなかったがレストランがあったらしい。
サウナのセット数を繰り返すたびに、嗅覚も優れていったのだ。
久しぶりに食欲が湧いてきて、カレーを注文した。
それはくたびれた体の血となり、肉となっていった。
自宅へ戻った後も、いつもより家族に優しくできた。
それは家でも仕事でもない、別の空間に身を置けたから。
夜も久しぶりにぐっすりと眠れた。
あのサウナデビューを機に、1時間でも時間があればサウナに入っている。
仕事には時短勤務で復帰させてもらった。まだフルタイムで働く自信がなかったからだ。
実は時短勤務はずっと希望しようか迷っていたのだが、収入が少なくなるし、周りからの目線が気になっていてずっとできていなかった。
でもサウナに入っていると、そんなものどうでも良く思えた。
心と体がどれだけ喜ぶことをしてあげるか。それに意識が行くようになった。
うつが完全に治ったわけではない。
まだ月に1回は通院している。
それでもサウナのおかげで食欲と睡眠欲が復活し、メンタルも安定してくるようになった。
「嫌なことがあっても、この後サウナに入ろう」そう思えば、乗り切れるからだ。
今回はサウナでうつが改善した、アオイさんの話を紹介させていただいた。
もし心と体の元気がない方は、騙されたと思ってサウナを試してみてはいかがだろうか。
「最近、ととのわなくなってきたな」と思った方は、場所を変えてみるのもありかもしれない。
<文/登彩>
<photo/PIXTA>
のぼり あや
ライター、エッセイスト
サウナ・スパ健康アドバイザー
名古屋出身
三菱UFJ銀行で法人営業に携わり、経済メディアに転職。
現在はライターとして活動中。
主なジャンルはマネー、恋愛、取材。
寝サウナ狙いの朝ウナ勢。アロマロウリュウ偏愛。
好きな外気浴は寝椅子×森の中。